【解説】
『モオツァルト』は小林秀雄が44歳の時に書かれた代表的な評論と評されている。
昭和19年6月に中国への単身での旅行から帰国して以来の2カ年の沈黙を破って、雑誌『創元』に発表したのがこの評論であった。この評論の最大の特長は、一般的な伝記的事実や楽曲分析に終始せず、モーツァルトの音楽から批評家自身が受け取る印象や感情を深く掘り下げている点にあるとされる。小林はモーツァルトの音楽を特徴づける「明るさ」と「透明さ」の根源を探求しているが、モーツァルトの作品の底流に流れる「かなしみ」こそが彼の音楽を真に豊かなものにしていると指摘する。
「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。そらの青さや海の匂いの様に、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉のようにかなしい」
『無常という事』は、戦時中の昭和17年6月に発表された。歴史の新しい見方、解釈を拒絶して動じないものだけが美しいとする。歴史や過去は、単に知識として「記憶」するだけでは不十分であり、むしろ「心を虚しくして思い出す」ことによって、そこに「常なるもの」、すなわち動じない美しさや真理を見出すことができると主張する。
◆ 「モオツァルト」本文中の【楽譜】演奏 村井 薫 (violin)