鎖国のチベットに日本人として初めて入国を果たした河口慧海の「チベット旅行記」。
河口の記録は、旅行記というよりも、冒険談に近いものがあります。
「中国や日本に伝承されている漢語に音訳された仏典に疑問をおぼえ、仏陀本来の教えの意味が分かる物を求めて、梵語の原典とチベット語訳の仏典入手を決意。
日本人として初めてチベットへの入国を果たした」というものです。
1897年(明治30年)に神戸港を出発して約6年かけての帰還となり、新聞に連載した手記は一大センセーションを巻き起こしました。
河口は、その後、大正時代に入ってからも第2回目の入境を果たします。