折口信夫は、柳田国男と並ぶ代表的な民俗学者で、独特の折口ワールドを形成しています。
上古代の国文学者、文学者でもありました。『古代研究』の一連のシリーズはその結晶ともいえる作品群です。
「口訳万葉集」は、折口がまだ中学教師をしていた頃、手元不如意のために出版を試みたもので、古典文学の口語訳叢書を編んでいた東京帝大教授の芳賀矢一の目にとまって、その中に収録されて世に出たというものです。
旧制中学の学生相手に読ませるつもりで、平易な内容となっています。
従来の解説本と異なるのは、歌自体に読み下し文をつけたこと、区切りの箇所を明確にしたこと、そして全文の訳文をつけたことです。
今でこそ当たり前ですが、当時はまだ、万葉集研究もそれほどは進んでおらず、原文の歌は漢字だけ、あるいは注釈だけ、読み下し文はカタカナだけで区切りなしという実に難解なものでした。
また口語訳といっても、少々くだけた訳文も少なくなく、大阪弁をしばしば入れていることでも異色の作品でした。
それがために、この「口訳万葉集」は、絶大な支持をもって迎えられ、万葉集辞典も一緒につけていましたので、学生らは自学自習ができるようになりました。
万葉集の四五一六首すべてが、原文と対訳で味わうことができますので、訳文をずっと読んでいくと、万葉人の喜怒哀楽を感じることができるかと思います。