【解説】
「未帰還の友に」は、太平洋戦争中の昭和18年(1943年)早春に、大学を出て仙台の部隊に入営して戦地に行くことが決まった友人から、「明日上野着く」という電報を受け取ってからの顛末を描く。その友人が部隊の出発までのわずかの時間に、茶店で何とか出してもらったわずかなウィスキーを飲みながら彼に話したのは、以前、高円寺の菊屋というおでんやさんざん通って共に飲んだ際に、僕が酒欲しさに店を営む夫婦に仕掛けたいたづらが、実は知らない間に予想外の展開になっていたということだった。それは、ささやかな事件かも知れないが、今も僕をどんなに苦しめているかわからない。何より苦しんでいるのは、菊屋の夫婦とその一人娘だったに違いない。
「列車」は、昭和8年(1933年)に、大学を中退した24歳の太宰が雑誌の懸賞小説に応募し、初めてその筆名で掲載された短編作品。舞台は、上野から青森に向けて毎日C51型機関車に牽引されてひた走る9輛連結の列車。幾多の胸痛む物語を載せ、時に依って万歳の叫喚で送られたり、手巾(ハンカチ)で名残を惜まれたり、または嗚咽でもって不吉な餞を受けるのである。就役して8年の間に幾万人の愛情を引き裂いたことか。私も此の列車のため、ひどく辛い目に遭わされたのだった。
「おしゃれ童子」は、子供の時からおしゃれだった自分が、「外面の瀟洒、典雅」の美学を現世唯一のものとしたことによる滑稽譚。