【解説】
芥川龍之介の作品群には、「保吉もの」と呼ばれる、「堀川保吉」という人物が主人公の作がいくつかある。30歳~32歳にかけて(1922年~1924年)執筆されたもので、主に芥川の子供のころの思い出や、海軍機関学校に英語の非常勤講師として勤めていた頃の経験を基に書かれており、自伝的色彩の作品となっている。
本オーディオブックに収録したのは、「少年」「十円札」「文章」の3作品。「少年」は幼少時の記憶で、守をしていたつうやからの教えのこと、「殺された」と「死んだ」の差がわからなかったこと、大森海岸で初めて海を見て感じた海の色のこと、幻燈部屋での興奮、子供同士の遊びの中で泣いてからかわれたことなどの回想談。
「十円札」と「文章」は、作家として小説を執筆する傍ら、海軍機関学校に英語の講師として教えていたころの経験を基に書かれたもの。「十円札」は、教師の仕事から開放されて芸術家として享楽を堪能するために週末に東京に行くはずが、手許にはわずか60数銭しかなく、雑談の中でその窮状を知った上官から十円を差し出され、汽車賃として使うように言われて狼狽した際の心理を描く。「文章」は、弔辞の作成を保吉が依頼されたことを題材にしたもので、わずか30分で書いた弔辞が保吉の想像に反し感動をもたらしたことと、呻吟しながら仕上げて世に出した作品があまり評価されなかったこととの対照に割り切れない思いをするというもの。