【解説】
「佳日」は、風変わりな友人の結婚のために骨を折った太宰の実話に基づく短編小説で、戦時中の昭和19年に雑誌に掲載された。 大学の同期で博識ぶるというので学生間の評判が悪かった友人は、卒業後は北京に渡ったが、5年後に突然結納の準備を頼むという電報が届いた。取り持ったのは別の共通の友人だったが、体調を崩したために、婚儀までの段取りを一身に負わされることとなった。北京から戻った友人の無神経ぶりに腹を立てつつも、会津藩出身の謹厳な新婦側一家に結納を納め、仲人も立て、何とか天皇誕生日の4月29日に合わせた婚儀の日を迎えることができた。ところが豪放磊落のつもりの新郎のために、土壇場で窮地に陥ってしまった。その窮地をいかにして脱したのか? ラストはじんと胸に来るものがある。太宰は、作品の冒頭で次のように書いている。
「これは、いま、大日本帝国の自存自衛のため、内地から遠く離れて、お働きになっている人たちに対して、お留守の事は全く御安心下さい、という朗報にもなりはせぬかと思って、愚かな作者が、どもりながら物語るささやかな一挿話である。」
なお、太宰の実話の結婚式は目黒雅叙園で、仲人は井伏鱒二の由。結婚式に出席した山岸外史によると、『この作品は、ほとんどが事実そのままの作品で、人物もよくつかまれており、正確にえがかれている。(中略) 太宰の友人を大切にしている状況が手にとるようにみえる。こんども読みかえしながら、友人に誠実であつた太宰を、もう一度、なつかしく思いだしたほどである。」